活動報告

埼玉県立鴻巣高校 福島復興支援ボランティア

カテゴリ: 報告日:2017/12/22 報告者:SanoTakaaki

2017年7月23~24日、埼玉県立鴻巣高校の1~3年有志24人と先生2人によるボランティアツアーのみなさんが飯舘にやってきました。再生の会にとっては初めての高校生ツアー。飯舘村で何を見て、何を感じたのでしょうか。とても立派な報告集をいただきましたので、ぜひご覧ください。
<行程>
1日目:
学校出発
飯舘事務所にて宗夫さんのお話し、溝口先生の講義
村内視察
紅彩館にて宗夫さん・田尾さんとお話会
体験・感想等記録
2日目:
紅彩館出発
飯舘事務所にて資料学習・寄せ書きタイム
宗夫さん田んぼの周りにコスモスを移植
紅彩館で入浴休憩して学校へ戻る


生徒さんの感想より報告集全文はこちら

  • 震災が日本で起きたのは紛れもない事実であるということです。報道で目にするものはあくまで情報であり、そこに隠された真実を実際に見ることはできません。
  • 福島県に着いて一番初めに渡された線量計。それをつけたときにこの村には本当に放射能がいまだに残っているんだなと実感しました。
  • 向日葵は景観を良くするため、農地を維持するためにたくさん植えられていて、私達が行ったときは雨で下を向いていましたが晴れたらキレイなんだなと思いました。
  • バスの移動中では、多くの家を見たのですが、家はきれいなのに人が住んでいないと聞いて、寂しい気持ちになりました。
  • 自分たちの地域は自分たちでつくるという飯舘村はとてもすごいと思います。被災した土地を利用し花などを植え景観を良くしていました。
  • 牛が飼われていたはずの牛舎には何もなくて、使われていない学校があって、きっと一年生だった子は、この学校で卒業することができなくて、戻れないまま今、中学二年生になっているのかなと思い、胸が苦しくなりました。
  • 実際に自分の目で見た現実や、お話により飯舘村への不安が除かれました。放射線量は基準よりも低く、自分の勝手な「福島」のイメージがなくなった気がします。
  • 原発による福島の被害は、テレビのニュースや新聞などで目にしていました。しかし、それだけでした。今回のボランティアで福島に実際に行き、現地の方々の話や気持ちを聞き、この目で福島の現状を見たとき、はじめて実感しました。
  • 去年、福島復興支援ボランティアに参加しました。その時、福島の方達はとても温かく、自然豊かで食べ物も空気もおいしくて素敵な場所だと改めて感じました。なので、今年も福島復興支援ボランティアに参加して何か少しでも力になれたらいいなと思い行きました。
  • 体験した中で一番驚いた時は、放射線を線量計で測った時でした。バスの中での数値はとても低かったのに、帰還困難地域で通行制限されていた柵の前で測ってみると数値が上がっていくのには驚きました。
  • 今回のこのボランティアを通して福島のよさ、震災の被害を受けた地域の人達がみんなに伝えたい気持ちなどを知ることができました。 福島は、とても空気がきれいで自然が多くてすごく良いところだと思いました。自然が多いことがとても印象的でした。
  • 飯舘村に近づくにつれて、バスの窓からは緑が多くて自然豊かな田園風景になりました。飯舘は本当に被害を受けたのかと疑うぐらい自然豊かなすばらしい町でした。
  • ボランティアに行ってみて自分が想像していた事以上にひどい状況で、まだまだ復興していないことに悲しくなりました。 もう六年も時間が経っているのにフレコンバックの山が村の中に大量にあって驚きました。
  • 飯舘村は、3.11 の地震や津波の被害は大きくはなく、本来であればすぐにでも避難場所から戻ってくることができたはずで、復興に向けて大きく進捗していたはずかと思います。
  • 震災から六年が経った今、福島県は少しずつ活気が戻っているように見えました。福島県産の米や野菜、果物はおいしく安全に食べることができます。しかし、実際に福島県を訪れると厳しい現実を見ることとなりました。
  • 放射線が多く未だに許可が無いと入れない場所がありました。被害の影響で移住せざるを得ない人たちがいて、その方々はとても辛い思いをして移住したと考えると胸が痛みました。
  • 一番印象に残っているのがフレコンバックです。フレコンバックの中には放射能のかかった土が入っていて山のように置いてあります。
  • バスの中で見た飯館村は、車はあまり走っていない、家はあるけど人が住んでいる感じがしないような家がありました。事前学習で勉強したフレコンバックも写真で見た時よりも色んな場所にたくさんつまれていました。
  • 今回一番驚き、知識不足と感じたことは、放射能は土に溜まるということでした。私は土ではなく空気だと勘違いしていました。まだまだ、自分は勉強不足だと思ったけれど私のほかにも同じような勘違いや決めつけをしている人も少なくないと思います。
  • 七年前ととても変わってしまった風景を目にして驚きました。テレビで見ていたものとあまりにかけ離れていたからです。やはり自分の目で見て物事を考えることは大切なんだということも学ぶことができました。
  • 僕が福島に行ってまず思ったことは今の自分の生活に感謝しなければいけないと思いました。そしてもっと被災地を応援し一日でも早く元の福島にもどしたいと思いました。
  • あれから 6 年が経ち、正直落ち着いたと思っていました。しかし、実際に現地に行ってみると、そこには大量のフレコンバックの山や、人や牛のいない牧場、人の住んでいない民家などがたくさんあり、そこだけ時が止まっているみたいでした。
  • 自分の考えの甘さや様々な事を学ぶことができました。また原発事故による町、村の人の複雑な気持ち、怒りや呆れなど色々考えることができました。そして自分がどれだけ幸せな思いをして今まで生きてきたのかを知ることができました。
  • 飯舘村への居住が出来るようになったものの、六年という月日の間に元村民の方々も村外の生活に慣れ、村へ戻って来たらまた新しい生活になるため、戻ってこない人が多いと聞きました。

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SGRA(第6回)ふくしまスタディツアー

カテゴリ: 報告日:2017/12/08 報告者:SanoTakaaki

2017年9月15日~17日、10か国の留学生の方を中心としたSGRAふくしまスタディツアー16名のみなさんが飯舘を訪れました。
参加者のレポートがSGRAホームページに掲載されましたのでご紹介します。

「飯舘村復興の現状と課題ー第6回SGRAふくしまスタディツアー報告」ジャクファル・イドルス
2017年9月15日(金)の早朝、北海道の上空を北朝鮮から発射されたICBM(ミサイル)が通過することを知らせる不気味な警報音が日本列島に響きわたった。その直後、私たちSGRAのメンバー16名は東京駅から新幹線で福島の飯舘村に向けて出発した。<全文はこちら>

「決して忘れてはならない福島の『原発被害』」李鋼哲
今回のSGRA福島スタディツアーは第6回であったが、私は5回も参加した(2回目は大学の講義と重なったため参加できなかった)。第1回は福島原発事故の翌年、2012年10月19~21日であった。
なぜ、私は5回も参加したのか?それも東京と違って500キロ以上離れた金沢から。まだ金沢―東京の北陸新幹線(2年前に開通)もない時から、5、6時間以上をかけて福島へ行ったのか。<全文はこちら>

「遠く険しい復興への道」リンジー・モリソン
2017年9月15日~17日、SGRAふくしまスタディツアーに参加し、今年の3月に避難指示解除が下りたのちの飯舘村の様子を観察してきた。私にとって2度目の参加で、約1年半ぶりの訪問であった。天気がよく、コスモスやススキが風にたなびく美しい飯舘村の秋の景色は、復興の兆しを見せ始めていた。<全文はこちら>

「飯舘村の展望:第6回SGRAふくしまスタディツアーに参加して」ジョセフ・アンペドゥ・オフォス
原発の問題点、課題は無数にあり、複雑かつ微妙にからみあっています。政府、科学者、産業界、そして一般社会がオープンで誠実な、そして協調的なやりとりをしてはじめてバランスのとれた共通の理解が得られるのです。また、こうしたやりとりには偏見があってはならないし、これに参加する各組織、各人の納得が得られるような前向きなものでなければなりません。<全文はこちら>

ツアーの行程は活動記録をご覧ください。

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