活動報告

再生短信バックナンバー (創刊1号~42号)

カテゴリ: 報告日:2018/08/21 報告者:SanoTakaaki

2015年7月より始まった若林記者による「再生短信」。ついに43号を迎えました。
景色、表情、言葉・・・再生に向かう息吹を少しでも感じていただけたら幸いです。
(各号をクリックすると拡大して表示されます)
PDFファイルでのダウンロードは以下を右クリックして「リンク先を保存」してください。
 1~5号  6~10号  11~15号  16~20号  21~25号  26~30号  31~35号  36~40号 

埼玉県立鴻巣高校 福島復興支援ボランティア

カテゴリ: 報告日:2017/12/22 報告者:SanoTakaaki

2017年7月23~24日、埼玉県立鴻巣高校の1~3年有志24人と先生2人によるボランティアツアーのみなさんが飯舘にやってきました。再生の会にとっては初めての高校生ツアー。飯舘村で何を見て、何を感じたのでしょうか。とても立派な報告集をいただきましたので、ぜひご覧ください。
<行程>
1日目:
学校出発
飯舘事務所にて宗夫さんのお話し、溝口先生の講義
村内視察
紅彩館にて宗夫さん・田尾さんとお話会
体験・感想等記録
2日目:
紅彩館出発
飯舘事務所にて資料学習・寄せ書きタイム
宗夫さん田んぼの周りにコスモスを移植
紅彩館で入浴休憩して学校へ戻る


生徒さんの感想より報告集全文はこちら

  • 震災が日本で起きたのは紛れもない事実であるということです。報道で目にするものはあくまで情報であり、そこに隠された真実を実際に見ることはできません。
  • 福島県に着いて一番初めに渡された線量計。それをつけたときにこの村には本当に放射能がいまだに残っているんだなと実感しました。
  • 向日葵は景観を良くするため、農地を維持するためにたくさん植えられていて、私達が行ったときは雨で下を向いていましたが晴れたらキレイなんだなと思いました。
  • バスの移動中では、多くの家を見たのですが、家はきれいなのに人が住んでいないと聞いて、寂しい気持ちになりました。
  • 自分たちの地域は自分たちでつくるという飯舘村はとてもすごいと思います。被災した土地を利用し花などを植え景観を良くしていました。
  • 牛が飼われていたはずの牛舎には何もなくて、使われていない学校があって、きっと一年生だった子は、この学校で卒業することができなくて、戻れないまま今、中学二年生になっているのかなと思い、胸が苦しくなりました。
  • 実際に自分の目で見た現実や、お話により飯舘村への不安が除かれました。放射線量は基準よりも低く、自分の勝手な「福島」のイメージがなくなった気がします。
  • 原発による福島の被害は、テレビのニュースや新聞などで目にしていました。しかし、それだけでした。今回のボランティアで福島に実際に行き、現地の方々の話や気持ちを聞き、この目で福島の現状を見たとき、はじめて実感しました。
  • 去年、福島復興支援ボランティアに参加しました。その時、福島の方達はとても温かく、自然豊かで食べ物も空気もおいしくて素敵な場所だと改めて感じました。なので、今年も福島復興支援ボランティアに参加して何か少しでも力になれたらいいなと思い行きました。
  • 体験した中で一番驚いた時は、放射線を線量計で測った時でした。バスの中での数値はとても低かったのに、帰還困難地域で通行制限されていた柵の前で測ってみると数値が上がっていくのには驚きました。
  • 今回のこのボランティアを通して福島のよさ、震災の被害を受けた地域の人達がみんなに伝えたい気持ちなどを知ることができました。 福島は、とても空気がきれいで自然が多くてすごく良いところだと思いました。自然が多いことがとても印象的でした。
  • 飯舘村に近づくにつれて、バスの窓からは緑が多くて自然豊かな田園風景になりました。飯舘は本当に被害を受けたのかと疑うぐらい自然豊かなすばらしい町でした。
  • ボランティアに行ってみて自分が想像していた事以上にひどい状況で、まだまだ復興していないことに悲しくなりました。 もう六年も時間が経っているのにフレコンバックの山が村の中に大量にあって驚きました。
  • 飯舘村は、3.11 の地震や津波の被害は大きくはなく、本来であればすぐにでも避難場所から戻ってくることができたはずで、復興に向けて大きく進捗していたはずかと思います。
  • 震災から六年が経った今、福島県は少しずつ活気が戻っているように見えました。福島県産の米や野菜、果物はおいしく安全に食べることができます。しかし、実際に福島県を訪れると厳しい現実を見ることとなりました。
  • 放射線が多く未だに許可が無いと入れない場所がありました。被害の影響で移住せざるを得ない人たちがいて、その方々はとても辛い思いをして移住したと考えると胸が痛みました。
  • 一番印象に残っているのがフレコンバックです。フレコンバックの中には放射能のかかった土が入っていて山のように置いてあります。
  • バスの中で見た飯館村は、車はあまり走っていない、家はあるけど人が住んでいる感じがしないような家がありました。事前学習で勉強したフレコンバックも写真で見た時よりも色んな場所にたくさんつまれていました。
  • 今回一番驚き、知識不足と感じたことは、放射能は土に溜まるということでした。私は土ではなく空気だと勘違いしていました。まだまだ、自分は勉強不足だと思ったけれど私のほかにも同じような勘違いや決めつけをしている人も少なくないと思います。
  • 七年前ととても変わってしまった風景を目にして驚きました。テレビで見ていたものとあまりにかけ離れていたからです。やはり自分の目で見て物事を考えることは大切なんだということも学ぶことができました。
  • 僕が福島に行ってまず思ったことは今の自分の生活に感謝しなければいけないと思いました。そしてもっと被災地を応援し一日でも早く元の福島にもどしたいと思いました。
  • あれから 6 年が経ち、正直落ち着いたと思っていました。しかし、実際に現地に行ってみると、そこには大量のフレコンバックの山や、人や牛のいない牧場、人の住んでいない民家などがたくさんあり、そこだけ時が止まっているみたいでした。
  • 自分の考えの甘さや様々な事を学ぶことができました。また原発事故による町、村の人の複雑な気持ち、怒りや呆れなど色々考えることができました。そして自分がどれだけ幸せな思いをして今まで生きてきたのかを知ることができました。
  • 飯舘村への居住が出来るようになったものの、六年という月日の間に元村民の方々も村外の生活に慣れ、村へ戻って来たらまた新しい生活になるため、戻ってこない人が多いと聞きました。

報告集全文はこちら

SGRA(第6回)ふくしまスタディツアー

カテゴリ: 報告日:2017/12/08 報告者:SanoTakaaki

2017年9月15日~17日、10か国の留学生の方を中心としたSGRAふくしまスタディツアー16名のみなさんが飯舘を訪れました。
参加者のレポートがSGRAホームページに掲載されましたのでご紹介します。

「飯舘村復興の現状と課題ー第6回SGRAふくしまスタディツアー報告」ジャクファル・イドルス
2017年9月15日(金)の早朝、北海道の上空を北朝鮮から発射されたICBM(ミサイル)が通過することを知らせる不気味な警報音が日本列島に響きわたった。その直後、私たちSGRAのメンバー16名は東京駅から新幹線で福島の飯舘村に向けて出発した。<全文はこちら>

「決して忘れてはならない福島の『原発被害』」李鋼哲
今回のSGRA福島スタディツアーは第6回であったが、私は5回も参加した(2回目は大学の講義と重なったため参加できなかった)。第1回は福島原発事故の翌年、2012年10月19~21日であった。
なぜ、私は5回も参加したのか?それも東京と違って500キロ以上離れた金沢から。まだ金沢―東京の北陸新幹線(2年前に開通)もない時から、5、6時間以上をかけて福島へ行ったのか。<全文はこちら>

「遠く険しい復興への道」リンジー・モリソン
2017年9月15日~17日、SGRAふくしまスタディツアーに参加し、今年の3月に避難指示解除が下りたのちの飯舘村の様子を観察してきた。私にとって2度目の参加で、約1年半ぶりの訪問であった。天気がよく、コスモスやススキが風にたなびく美しい飯舘村の秋の景色は、復興の兆しを見せ始めていた。<全文はこちら>

「飯舘村の展望:第6回SGRAふくしまスタディツアーに参加して」ジョセフ・アンペドゥ・オフォス
原発の問題点、課題は無数にあり、複雑かつ微妙にからみあっています。政府、科学者、産業界、そして一般社会がオープンで誠実な、そして協調的なやりとりをしてはじめてバランスのとれた共通の理解が得られるのです。また、こうしたやりとりには偏見があってはならないし、これに参加する各組織、各人の納得が得られるような前向きなものでなければなりません。<全文はこちら>

ツアーの行程は活動記録をご覧ください。

サークルまでい飯舘ツアー

カテゴリ: 報告日:2017/09/29 報告者:SanoTakaaki

2017年9月11~12日、サークルまでいの仲間たち22名で飯舘村をバスで訪問しました。サークルまでいは東大農学部で土壌、野菜、稲など飯舘村で採取されたサンプルを、測定器にかけられるように専用容器に詰めたり、計量したり、測定結果をデータベースに登録するといった作業を毎週続けています。メンバーには、現地に行きたいが週末に足を運ぶことがなかなか叶わない方もいます。今回はそうした仲間の思いをかなえるとともに、避難指示解除後の飯舘村の姿とサンプル採取の現場を知ることを目的として企画されました。

9月11日(月)
8:30東大農学部3号館前から出発。東北自動車道を北上し、大谷PA,安達太良SAで休憩、昼食購入。都内渋滞等で遅れたため、飯舘事務所に寄らず村役場直行に変更。宗夫さん、田尾さんとオープン間もない道の駅までい館で合流。
14:00村役場に到着。復興対策課農政係杉岡係長より、飯舘村の復興に向けた取り組みの現状、営農再開ビジョンについて説明を受け、質疑。その後、役場玄関近くの村歌の石碑を見て、隣のいちばん館で非破壊簡易放射能測定器を実施見学。いいたてホーム、新しい小中学校を見つつ、今なお帰宅困難区域である長泥地区のバリケード前で下車。車内での説明をききながら比曽、飯樋を回った。
17:30川俣町の旧小島小学校を改造したおじまふるさと交流館に到着。食堂で夕食後、懇親会。
第一部 宗夫さんから、帰村と新しい村づくり/何を目指すのかの説明、田尾さんの補足説明を受ける、第二部では参加者の自己紹介、フリートークを行った。

9月12日(火)
8:30 おじまふるさと交流館出発し佐須へ向かう。
9:30 ふくしま再生の会飯舘事務所着。
ハウス、田圃などサンプル採取場所見学。宗夫さん、田尾さん指導による土壌採取、稲採取の実習と見学。
10:30 出発。佐須公民館、旧佐須小学校校舎を見学。ハウスで作業をしていた菅野永徳さんにも来ていただき、小学校の歴史の話をうかがう。
11:00 山津見神社にお参り。禰宜さんの案内で、オオカミ天井絵を見学。
11:40 前田の田園風景を横目に、村民の森あいの沢であいの句碑、蓮の咲く池、温泉場、宿泊体験館きこりを眺め、道の駅までい館にてお弁当を受け取る。
12:50 小宮マキバノハナゾノに到着。上の畑で球根を植えていた大久保金一さんの話を伺って一緒に昼食。下の水芭蕉畑ではゼオライトを播いていた。
14:00 現地出発。宗夫さん、田尾さんと別れて、南相馬ICから常磐自動車道へ。四倉PA,友部SAで休憩。車中では、サークルまでいの活動、村からの受託事業である全村田んぼ土壌採取、測定等について説明、質疑。首都高八潮PAで休憩。
19:20 農学部到着、解散。採取してきた30cm土壌サンプルをサークル室へ持って行き、無事に終了。

参加者の感想はこちら(PDF)

JISSスタディツアー報告

カテゴリ: 報告日:2017/07/04 報告者:SanoTakaaki

2017年6月17~18日、1年間の留学を間近に控えたJISSの学生8名が飯舘村を訪れました。

【1日目】
*宗夫さんより「飯舘村について」「事故から現在まで 」などのお話し
*村内視察:山津見神社~比曽(啓一さん宅イグネ)~長泥バリケード~飯樋小学校~村役場
~高橋日出夫さんハウス~山田猛史さん牧場+佐藤聡太さんのお話し
*千恵子さんより「飯舘村での暮らしと今」などのお話し



【2日目】
*点滴栽培ハウス見学(ハウスチーム野々垣さんより)
*田んぼ電気柵設置作業
*村内視察:燃焼実験炉~小宮マキバノハナゾノ(大久保金一さん)~測定専用車車庫
*宗夫さんからみなさんへの期待


わずかな時間で理解することはとうてい叶いませんが、見たまま、感じたままを伝えてもらえればと期待しています。
参加者の感想はこちら。
「JISS第3回スタディツアー参加レポート」

再生の会リーフレットができました

カテゴリ: 報告日:2017/04/28 報告者:SanoTakaaki

ふくしま再生の会の全体像を、できるだけ簡単に知っていただくためにリーフレットを作成しました。一人でも多くの方が現実の姿を見たり、活動に参加したりするきっかけ作りに役立てていきたいと考えています。

おもて面

中面

PDFファイルはこちら
実物はA3両面印刷6つ折りで、定型長3サイズの封筒に入るようになっています。
「知人・友人に配りたい」という方は事務局までご希望の部数をお知らせください。ご自宅等へ郵送いたします。
(当ページ下のアドレスまでメールしてください)

東京大学大学院IHSプログラム田尾陽一講演報告

カテゴリ: 報告日:2016/11/04 報告者:SanoTakaaki

2016年6月24日、東京大学大学院博士課程のIHSプログラムにおいて、当会理事長の田尾陽一の講演「ふくしま・飯舘村の生活・産業の再生に向けて」が行われました。参加した西村啓吾さんの報告です。

※この記事は、東京大学大学院博士課程教育リーディングプログラム「多文化共生・統合人間学プログラム」のイベント報告に掲載されているものです。オリジナルは以下をご覧ください。

田尾陽一氏講演会「ふくしま・飯舘村の生活・産業の再生に向けて」報告

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2016年6月24日(金)にNPO法人「ふくしま再生の会」理事長を務める田尾陽一氏より「ふくしま・飯舘村の生活・産業の再生に向けて」と題したご講義をいただいた。講義においては、まず、「ふくしま再生の会」の発足とこれまでの活動についてお話をいただき、最後に東日本大震災と福島第一原子力発電所事故を発端とする福島で起こった一連の問題について田尾氏のお考えをお話しいただいた。

「ふくしま再生の会」は2011年に「新しい公共空間の創造」を目指す「自立して思考する諸個人」が集まり、「現地で/継続して/(村民と)協働して/事実を基にして」「ふくしま・飯館村の生活・産業の再生」を行うことを目的として設立された認定NPO法人である。福島第一原子力発電所の事故は明確な人災であり、発電所は事故を収束させ村民が安心して帰村し農業を営むことができるように施策を打つべきであるという認識を持って、避難中の留守宅や農地・山林を使って独自に調査と実験を行い、得られたデータを地域再生のために村民・社会・行政へ提供し提言を行うことを村民らと合意し活動を行ってきた。研究機関や企業と比べれば規模は小さいものの、目的に共感した250名超の個人会員と6つの団体会員が各分野・業界から集まり、福島の動向をつかむのに有用で豊富な調査結果を得ることができているように報告者には思えた。

講義において報告者が注目したのは、福島の現状に対する国外の反応と国内の反応の差異に関してである。「ふくしま再生の会」は震災・事故後の福島の様子を世界へ伝える活動として、2012年および2013年にSGRAスタディ・ツアー「飯館村へ行ってみよう」という飯館村の被災区域の訪問と村民との懇談を行うツアーを企画し、これにはアジア・ヨーロッパ・アメリカなど世界各国から参加者が集まった。そこでの参加者らの反応は非常に良好だったようであり、おそらく福島の現状に対して客観的な認識を持つことができるようになったのではないかと思われる。

では、それに対し、日本国内においての人々の福島問題に対する認識はどうであろうか。地震そのものによる被害・原発事故の発生による周辺地域の放射性物質による汚染とそれに伴う避難措置、除染による農地の不作化や農地利用の禁止措置による離農といった被害も甚大なものであるが、それと同時に、放射性物質をめぐるマスコミやSNSを通じた風評被害による農作物の売れ行き減少といった問題も生じている。現在では、福島県産の農作物の安全性が各所で示されており、科学的な根拠のある膨大な調査結果が積みあがっているにもかかわらず、それらの情報を信用できず福島県産の農作物を買わないという選択をする人々も未だに多く存在するように感じる。こうした現状は、人々の科学に対する不信や政治に対する不信が原因となっていることは否めないように感じられる。

同じ福島県内においてすら、甚大な被害を被った一部の被災地域とその他の地域との間では認識に隔たりがあるということも講義で学んだ。

報告者はこうした問題に対し、自分には現在そして将来的に何ができるのだろうか、どのように関わることができるのだろうかという疑問へのヒントを得たいと思い、講義の最後に質問をした。専門的な科学を学んでいる立場から、科学者には福島県産の農作物の安全性等に関する証明が人々の意識の中に浸透されるよう発信することが求められており、報告者には未熟ながらもバックグラウンドを活かしてその手伝いができるのではないか、そしてそれが報告者の立場を最大限に活かすことができる福島への関わり方ではないかという考えから、「人々に伝えるときにどのようにして説得力を持たせようと考えているのですか。」という質問をした。大学時代に素粒子物理学を専攻したという田尾氏も報告者のような考えでそのバックグラウンドを活かした活動をしようとしているのではないかと思っていたが、田尾氏の答えは予想に反して「説得なんてしない。」というものであった。

初めは報告者の質問の仕方が悪く、意図した“福島への理解が進んでいない福島の外の人々への説得力”ではなく、“被災した福島の人々への説得力”をどう高めるかという意味で伝わってしまい勘違いが生じたのかと考えた。確かに、被災した人々に対しては説得などではなく個人対個人の信頼関係が重要で、田尾氏がしてきたようにそのコミュニティの中に溶け込んで同じ側に立ち、協働して活動していくことが求められていたのであろうとは思う。しかし、福島の農作物の安全性といった情報を社会・世界・一般大衆に対して発信するという場合、情報の信頼性はそれを発信する機関や携わる人間の信頼度に左右され、その指標として機関のそれまでの功績や構成員のバックグラウンドが大きな意味を持つのではないだろうか。そして、発信した情報が人々に信頼されないことで、意識を変えるといった影響を与えることができなければ、時間をかけて集めてきた研究調査の結果が十分に活かされなくなってしまいもったいないのではないかと報告者は考えた。

講義内では上記のような答えにまでしかたどり着くことはできず、納得できる答えを得ることはできなかったが、田尾氏のお言葉の意味を再考し見えてきたものがあった。それは、助けを求める人々が真に望んでいるものは何かという視点である。飯舘村の村民の方々が望んでいることは、福島の安全の科学的立証なのだろうか、協働することそれ自体だけで十分に力になれるのかもしれない。報告者には想像できていないようなことがまだまだたくさんあるのだろうと浅薄ながら想像された。

報告者は体の機能が弱くなってしまったり、一部を欠損してしまったりしたことで望む人生を生きることが困難な人々が世界にたくさんいることを知り、そういった人々を救いたいという思いを持って再生医工学研究に取り組んでいる。報告者には身近にも病気を抱える人がいるため、そういった人に求められているかどうかを意識しながら研究に取り組むことができるが、そうした意識を忘れてしまうことも多い。救うことができるのは不特定の人々ではなく一人の人間である誰かなのであり、その誰かの声に耳を傾けなければ独りよがりの研究になってしまう、講義を通じてそうした大切なことまで学ぶことができたのではないかと感じている。




「飯舘村の放射線・放射能の測り方」パンフレットを作成しました

カテゴリ: 報告日:2016/08/01 報告者:SanoTakaaki

ふくしま再生の会では、飯舘村の方をはじめ、大学や研究機関と協働して放射能や放射線の測定を続けてきました。こうした測定が、どのように行われているのかを知っていただくためのパンフレットを作成しました。
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構成はこのようになっています(クリックすると見開きイメージが見られます)
1.道路を走りながら測定する
2.家の中と周辺を測定する
3.田んぼを測定する
4.農作物を測定する
5.山林を測定する
6.野生の動植物を測定する
7.放射能を分析する
8.次のステップへのガイド

PDFファイル(A4版)は以下よりダウンロードできます。
表紙
本文(前半)
本文(後半)

まだ若干の在庫がありますので、印刷したものをご希望の方は事務局までご連絡ください。

当パンフレットの内容を転載したり、報告や発表の資料としてお使いいただく際は、出典を明示し、改変することなくお使いください。併せて事務局までお知らせくださいますようお願いいたします。(ページ下のアドレスまでメールしてください)

フェリス女学院大学スタディツアー

カテゴリ: 報告日:2016/07/30 報告者:SanoTakaaki

2016年6月11~12日、フェリス女学院大学国際交流学部の高雄綾子先生率いる「飯舘村スタディツアー」が昨年に続き行われました。
原発事故により避難を余儀なくされている飯舘村の現状を知り、復興に向け「自らできること」を考えようとの目的をもったツアーでした。
大学に戻り、「福島再生おしゃべりカフェ」企画として報告会が開催されました。

<ツアーレポート1>
今回四回目のスタディーツアーを終えて、自分の中でこれまでとは違ったツアーであり、また改めて様々なことを考えさせられるものになりました。・・・
<ツアーレポート2>
今回のスタディーツアーで初めて福島県に行き、飯舘村に到着した時 2011 年の原発の事故がなければ自分は行かなかったのかなと最初に感じた。・・・
<ツアーレポート3>
6月11日・12日、ゼミの課外活動として福島県飯舘村に行った。飯舘村について知ったきっかけは、昨年、飯舘村に行った高雄ゼミの先輩方の報告会でハチマル・ハチマルに行ったときである。・・・
<ツアーレポート4>
私は福先日福島県飯舘村に訪れ、そして多くのことを学んで帰宅した。福島県飯舘村に訪れる前は、講義を通じて被災されてから現在に至るまでの飯舘村の現状について学び、・・・
<ツアーレポート5>
大学三年生になり、高雄ゼミで飯舘村の現状について少し学んでいたがやはり自分で五感を使って行ってみないと分からないと思い今回私はこのスタディーツアーの参加を決めた。・・・
<ツアーレポート6>
私は 2016 年 6 月 11・12 日に飯舘村にスタディツアーとして初めて訪れた。私は環境学について少し興味があり、高雄先生のゼミに入ることになった。・・・
<ツアーレポート7>
2016 年 6 月 11 日〜6 月 12 日の 2 日間にわたり、震災後私は初めて福島の土地に足を踏み入れた。震災前は旅行で訪れることもあったが、原発事故が起きて以来目に見えない放射能の恐怖に怯え、日本列島を北上する勇気はなかった。・・・

SGRAふくしまスタディツアー(第5回)報告

カテゴリ: 報告日:2016/07/07 報告者:SanoTakaaki

DSC_1145 2016年5月13~15日、昨年秋に続き、5回目となる渥美国際交流財団SGRAふくしまスタディツアーのみなさんが飯舘村を訪れました。生活の再生に挑戦する人の姿に触れ、それぞれに思い、感じることがたくさんあったようです。同じくツアーで訪れていたNPO「プラチナギルドの会」や地域住民との交流会など、いつも以上に多くの出会いがありました。今回初参加となった方々のレポートが届きましたので、ご紹介いたします。

「第5回SGRAふくしまスタディツアー『飯舘村、帰還に挑む』報告」
<全相律(ジョン・サンユル)Sangryul JEON>

「忘れ難きふるさと飯舘村に寄せて」 <モリソン・リンジー・レイ Lindsay R. Morrison >
2016年5月13日〜15日の間、関口グローバル研究会の第 5 回ふくしまスタディツアーに参加しました。
私にとって初めての福島であり、3.11 以降の東北でしたので、どのようなツアーになるのか想像がつきませんでしたが、結果として非常に中身の濃い3日間となりました。学ぶことも、考え直させられたこともたくさんあったため、それらを簡単にまとめるのは難しいのですが、せめてその一部だけでもここに書き残したいと思います。
私は飯舘村に行って最初に思ったのは、「ここには放射線が出ている」と言われてもしっくり来ないということでした。周りの山は青々としており、ウグイスの透き通った鳴き声が遠くから・・・
<全文はこちら>

「見て、聞いて、知って、感じて、考えた3日間」 <宮里かをり MIYAZATO Kawori>
今回はじめて SGRA ふくしまスタディツアーに参加させて頂きました。
東日本大震災後、宮城県には何度か通いましたが、福島に足を運ぶのは初めてでした。原発、放射能とその汚染についてもあいまいな知識があるだけで、積極的に聞いたり、詳しく調べたりすることがないままでの参加でしたが、そんな私にも衝撃的でいつまでも余韻の消えない印象深い体験となりました。
このツアーが私にそれだけの印象を与えたのは、研究者視点のデータと知見、出会う人々の温かさ、熱意、真摯な姿勢、そして飯舘村の美しさ・・・
<全文はこちら>

「新たなライフスタイルを目指して」 <李 志炯(イ・ジヒョン)Lee Ji-Hyeong>
以前からふくしまの状況を自分の目で確認したいと思っていましたので、今回のツアーはとても有益でした。特に、仮設住宅に住んでいる方、自分の家に戻った方、役所の方など多様な立場から話を聞くことができたことが、何よりよかったです。しかし、多様な立場から話を聞いて逆にふくしまの再生のためにはどうすれば良いか・・・
<全文はこちら>

「知る」と「分かる」 <マックシム·ポレリ Maxime Polleri>
飯舘村に到着する前、次のような言葉を耳にしました。
「自身の研究より、飯舘村の状況を見て、聞いて、感じてください。課題や概念を考える前に、是非住民の生の声を耳にして下さい。」
これらのアドバイスを耳にし、私の想いと共鳴するものを感じました。
研究者として物事を深く知るにつれ、とかく先入観が働いてしまうものです。言い換えれば、福島の放射能汚染問題に対しても、目の前の知識だけで決め込み過ぎることは良くないこと・・・
<全文はこちら>

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